岡山の民話:猿のおしりが赤いわけ

猿のおしりが赤いわけ
むかし、あるところに、一匹の食いしん坊のサルが住んでいた。山の中の一本道を魚屋が、魚を仕入れて帰るたびに、
「さかなをくれえ、さかなをくれえ。」
とねだっては、じゃこを取って食べていた。
さかな屋は、ぷりぷり怒って、山道まで来ると、かけるようにして通った。けれども、毎日、サルはかならずやって来て、魚を取っていく。
毎日毎日、このように魚を取って食べられるので、魚屋も考えた。せえで、
「おサルさんや、魚がほしかったらなあ、さみいじぶん(寒いときに)、晩方、しっぽを水の中へつけてみい。そうすりゃあ。ようけえ(たくさん)エビのような、こめえ(小さい)魚が来てなつくけえ、そりょう(それを)とって食べりゃあええ。」
て、教えてやった。
サルは、言われたとおりに、しっぽを池の中につけた。じかじかするするほど、よおけえ魚が集まって来たんじゃ思うて、もうちょっと、もうちょっととがまんしとった。
だいぶたって、もういいじゃろうと思うて、そうっと、しっぽをあげようとしたがびくとも動かなんだ。氷が一面にはっとったんじゃ。困ったサルは、力いっぱい引っぱった。
すると、バガッという音がして、しっぽがちぎれてしもうたそうな。
それからサルのしりは赤うなったいうて。
それもひとむかし
語り手:井原市西方町 横溝楽市
岡山県小学校国語教育研究会編 「岡山のむかし話
岡山の民話:無言の問答

無言の問答
全国をさすらって、無言の問答をしかけてくるという雲水がこのお寺にもやって来るという。暇なまんじゅう屋の主人がお寺の和尚さんになりすまして、問答に立ち向かいます。「笑い話」です。
田舎の小さな町に、徳兵衛さんいう、まんじゅう屋があったそうな
雨の降る日が続いて、お客さんはなし、徳兵衛さんは退屈でかなわんもんだけえ
「今日はまんじゅうは売れず、お寺へないと、遊びに行ってみちゃろう。」
いうんで、心安いお寺へ遊びに行った。
行ってみたところが、いつも気軽に、おもしろい話をしてくれる和尚さんが、えらい沈み込んで、力ない顔をしてからに、考えこんどる。
「和尚さん、和尚さん。今日は、えらい勢がないが、どないの事ならな。」
言うたところが、
「ああほかでもないけどなあ、この頃この地方に雲水が来て、問答をしかける言ようるじゃが、明日あたり、ちょうどこの寺へ来ることになっとるんで、もしわしが負けたら、この寺あ明け渡いて、その雲水にやってしもうて、わしはどっかへ行ってしまわにゃならんことになる。
若い時分なら、たとえ寺を追い出されても、また何とか出来るけど、この年いなっちゃあ、よそへ行って暮らすことは出来ず、生活できんようになるが思うて、それが心配で、考ようるとこじゃ。」
言うてから話される。
「その雲水ちゅうなあ、どがいな者でがすりゃあ。やっぱり坊さんかな。」
「坊さんじゃああるけえど、まんだ寺を持っとらん坊主で、あっちい、こっちい回って、修行しょうる坊主じゃ。今度は無言の問答いうて、言葉を使わずに、身振り手振りで問答するいうて聞いたんで、わしもちょっと困っとるとこじゃがなあ。」
「そりゃあ和尚さん、心配ない。わしが何とかやっつけてあげますわい。」
「お前、その問答ができるかや。」
「ええまあ、言葉でなら、難しいけえどもが、ものを言わずに、身振り手振りでするんなら、何とかごまかしちゃりますらあ。」
言うてくれるもんだけん
「そりゃまあ、ありがたいこと、ほんなら明日りゃあ、お前、代わってくれえ。」
いうことになった。
「へえ、よろしゅうがす。」
そいから、明くる日になって、徳兵衛さんは坊さんのような格好に仕立ててもろうたところが、男前ではあるし、とてもまあ立派な和尚さんになった。
和尚さんのような顔をしてからに、本堂の奥い座っとったところが、雲水がやってきて、
「ええ、拙僧は叡山の心念坊の弟子の東念というものでござるが、無言の問答をいたしとうござる。老僧の御指導をたまわりたい。」
いうところでからに、いばりかやって言う。そいから徳兵衛さんは、
「よしきた」
言うたところが、雲水が最初に左手を前に出して、人差し指と親指で輪を作って、右の手をあげた。
「仏法は?」
いうて尋ねたつもりだ。ところが徳兵衛さんはそれを見て、
「ははあ、お前のとこのまんじゅうは、これぐらいどもあるかいうて尋ねとるな」
思うたもんだけん、
「なあに、そがあに小さいもんじゃあない。これぐらいどもあらあ」
いうんで、両方の手で大けな輪あこしらえて、ぬっと前へ出した。雲水は心の中で
「いかにも、いかにも「仏法は日輪のごとし」いうて解いたが、こりゃあなかなかやるぞ」
思うて、今度は雲水が、
「東西南北の四方は、いかに見る」
いうつもりで、四本の指をぬっと出した。ところが徳兵衛さんはそいつを見て、
「ほほう、「四文どもするか」いうて尋ねたな。そがいなことで、うちのまんじゅうを食わせるもんか。十文だ」
思うて、指を十本出して、口を開けて、食うような風をしてみせたそうな。雲水は、
「ははあ、東西南北は何もなし。十方空(くう)と解いたか。
こりゃあなかなかの名僧だなあ」
思うて、いよいよ感心して、今度は指を三本出した。
「三界は?」と尋ねたつもりだ。ところが徳兵衛さん、
「ほほう、けちんぼうめが「三文にせい」言うたな。赤んべえじゃ」
目の下に指を当てて、赤んべえをして見せたそうな。雲水は、
「ははあ、三界は眼の下にありと解いた。こりゃあとてもかなわん、かなわん」
思うたそうな。
「とても拙僧らの及ぶところでござらん。いかにも名僧知識でござります」
いうて、こそこそ逃げるように、去(い)んでしもうた。
後から、寺の和尚さんが、
「徳兵衛さん、なかなかやるじゃあないか。えらいもんだなあ」
言うたら、 「ああ、雲水じゃあ何じゃあいうて、役に立つもんじゃあありませんがな。はじめ、うちのまんじゅうのことを聞きょうたが、しまいにゃあ値切るけえ、赤んべえをしてやりましたら、とっとと逃げてしまいましたがなあ」
いうて話したそうな。
「ともかく、徳兵衛さん、ようやってくれた」
和尚さんはたいへんに感謝したげな。
語り手:真庭郡美甘村鉄山 横山宗宰
岡山文庫71 「岡山の笑い話」 稲田浩二・稲田和子著より
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岡山の民話:空とぶきつね。

空を飛ぶキツネ
備中一の古ギツネがこぞうに化けて、お寺にやってきます。
おしょうさんはそのこぞうさんが気に入って大変可愛がりま
すが、キツネがお寺にやって来たのには訳がありました。
むかし、備中のお寺にいた、働き者の飯炊きがやめてしもうて、おじゅっさんがひとりで困っておったそうな。
そこへ、ある日の夕方、
「おじゅっさん、おじゅっさん、私をこの寺でつこうてくだせえまし。」
いうて、可愛い小僧がやって来た。
「飯炊きや掃除ができるか」
いうて、おじゅっさんがきいたら、
「へえ、なんでもいたします。」
いうもんだから、こぞうとして使うことにしたんじゃてえ。
あくる朝、おじゅっさんが目をさまして、
「こぞうや、こぞうや。」
いうて呼ぶと、
「おじゅっさん、何のご用でござります。」
いうて、やってきた。
「こぞうや、今朝はとうふのみそ汁をこしらえてくれんか。」
「へえ、それならもうできとります。」
「なに、もうできとるとな。なかなかよう気が利くのう。」
おじゅっさんは、不思議に思いながら、みそ汁を一口吸うてみて、すっかり関心してしもうた。
「うん、味付けもなかなかうまい。」
昼どき、また、
「こぞうや、こぞうや。」
いうて呼んだら、
「おじゅっさん、何のご用でござります。」
いうてやって来た。
「昼には、こんにゃくのしらあえが食べたいな。」
「へえ、それならもうできとります。」
「なに、もうできとるとな。」
おじゅっさんは、またびっくりした。
晩方になって、
「こぞうや、こぞうや。」
いうて呼んだら、
「おじゅっさん、何のご用でございます。」
「晩にはな、裏の畑のホウレンソウを取ってきて、おひたしをしてくれんか。」
「へえ、それならもうできとります。」
おじゅっさんはもう、びっくりしてしもうた。
「ほんによう気がきくこぞうじゃ。おかげで、いつでもほしいものが食べられるわい。」
おじゅっさんは、このこぞうがすっかり気にいって、
「こぞうや、こぞうや。」いうて、かわいがったそうな。
ある日、檀家(お金を出してお寺の世話をする人の家)から法事を頼んできたので、
「こぞうや、きょうはなあ、法事があって出かけるから、よう留守番してくれえよ。」
いうていいつけて、おじゅっさんはひとりで出かけていった。法事がすむと、おじゅさんは、急いでお寺に帰ってきて、
「こぞう、こぞう。」
いうて呼んだけど、返事がない。おかしいな、便所へでも行っとんかな思うて、のぞいてみたけど、おらん。裏の方かな思うて、
「こぞう!こぞう!」
いうておらんだ(大声で呼んだ)けど、やっぱり返事がない。あっちこっちさがしまわっとったら、台所の方から、ゴースー、ゴースー、ものすごう大きないびきが聞こえてくるんじゃてえ。そろっとのぞいてみたら、大きな古ギツネがふといしりっぽを出して寝ておった。
「ははあ、これでわかった。どうも不思議なこぞうじゃと思うとったが。」
おじゅっさんは、知らん顔してじぶんのへやへもどると、きせるで、たばこぼんをポンポンとたたいた。その音で、キツネは、はっと目を覚ました。
「しまった!」
あわてて、しりっぽをしまうと、おじゅっさんのへやへ、そそそそっとやってきて、
「おじゅっさん、お帰りなせえまし。」
「おう、こぞうか。おまえ、どこへ行っとったんなら。」
「台所で、つい昼寝をしとりました。」
「あすこで寝とったのは、おまえか。」
「へえ。おじゅっさんに正体を見られたんでは、しかたござりません。今日かぎり、おひまをくだせえまし。」
「そうか。そんならなんのためにこの寺に来たんなら。」
いうて、おじゅっさんが聞いたんじゃてえ。そうしたら、キツネはかしこまって、
「このお寺の屋根瓦の下にあるお守り札がほしゅうて、まいりました。」
「そんなもん、どうするんなら。」
「あのお守り札をもっとったら、空を飛ぶことができます。」
「ふうん、そうか。よしよし。今までよう働いてくれたんじゃから、お礼として、そのお守り札をおまえにやろう。」
「いや、それではわたしの気がすみません。わたしも備中一の古ギツネと言われたキツネでござります。これから、お釈迦様の行列をお見せして、おじゅっさんをじょうずにだますことができたら、お守り札をもろうていくことにします。」
「ふうん、なるほど。よし、わかった。」
「そんなら、さっそくこれからおじゅっさんを立派な御殿へ御案内しますから、ちょっと目をつぶって下せえまし。」
おじゅっさんが目をつぶっておると、ガタンと大きな音がした。びっくりして目を開けると、そこは立派な御殿の庭で、黄色い衣を着たおじゅっさまが、木の間から、しゃなり、しゃなり、しゃなりと出てきた。そのあとから、だいだい色の衣のおじゅっさまや、紫色の衣のおじゅっさまが、つぎからつぎからへとおおぜい続いてやってくる。そして、最後に、いちだんと立派な金色の衣をまとったおじゅっさまが、しゃなり、しゃなり、しゃなりと、こちらに近づいてこられた。
「あっ、このおかたがお釈迦様だな。ありがとうぞんじます。」
思わず、おじゅっさんが大きなおじぎをしたとたん、ガタンと音がした。びっくりして頭を上げてみると、立派な御殿もおじゅっさまたちも消えて、もとの古寺に変っとったんじゃ。そして、空の向こうの方に、キツネの姿が、ぽつんと小さく見えていたんじゃてえ。
語り手:佐藤 晋(備前市伊部)
岡山県小学校国語教育研究会編 「岡山のむかし話」より
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